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長崎地方裁判所 昭和50年(ワ)100号 判決 1985年6月26日

原告

塚本正明

外三四名

右原告ら訴訟代理人

横山茂樹

塩塚節夫

中原重紀

被告

三菱重工業株式会社

右代表者

金森政雄

右訴訟代理人

古賀野茂見

木村憲正

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事   実《省略》

理由

一次の各事実は当事者間に争いがない。

1  請求原因1の事実。

2  被告長崎造船所における現在の労働時間は一日八時間で、始業は午前八時、終業は午後五時、休憩時間は午前一二時から午後一時までの一時間である。

3  昭和四六年一二月二七日、三菱支部と被告との間で、隔週週休二日制に関する労働協約(以下本件労働協約という。)が締結され、昭和四七年一月一日から施行されたが、右協約中には労働時間の始終業基準及び勤怠把握方法が規定された。

なお、本件労働協約は、昭和四八年三月三一日までは有効に存続したが、同年四月一日以降失効した。

4  被告長崎造船所においては、昭和四八年四月一日から施行された就業規則において前記労働協約と同内容の始終業基準(以下本件始終業基準という。)が定められ、また、同年五月三一日まではタイムレコーダーの打刻により従業員の勤怠把握がなされていたが、同年六月一日から施行された就業規則において前記勤怠把握基準に定める新たな勤怠把握方法(以下本件勤怠把握方法という。)が定められ、それに基づき、いわゆる面接制による勤怠把握がなされ、以来現在まで被告は本件始終業基準及び本件勤怠把握方法により、その従業員の始終業を管理し、その勤怠を把握している。

二そこで、本件始終業基準及び本件勤怠把握方法が、原告らと被告間において効力を有するか否かについて判断する(なお、労基法との関係は後述する。)。

1  <証拠>によれば、本件労働協約中の始終業基準及び勤怠把握方法に関する部分は、請求原因に対する認否及び被告の反論6の(1)記載のとおりであることが認められ右認定に反する証拠はないところ、右部分は労働協約中のいわゆる規範的部分に該当するから、右始終業基準及び勤怠把握方法は、本件労働協約が有効に存続しており、かつ、原告らが被告長崎造船所の従業員で長船分会に在籍していた昭和四八年三月三一日現在において、原告らと被告間の労働契約の内容となつていたもので、その後本件労働協約が失効したとしても、その内容は当然には失効しないものと解するのが相当である。

2  ところで、原告らは本件労働協約が有効に存続していた期間においても、始終業に関しては、右協約中の始終業基準とは異なる労働慣行が確立されていた旨主張している。しかしながら、本件労働協約が施行された後において、三菱支部が「更衣、手洗、入浴は時間内とし休憩時間は完全に与えよ。」という要求を掲げて、昭和四七年一〇月三〇日以降被告と協議したが、結局妥結に至らなかつたことは原告らの自認するところであり、右要求は右協約中の始終業基準が有効に存在していることを前提とするものと認めることができ、その他本件全証拠によるも原告主張の労働慣行が確立してきた事実を認めるに足りない。

而して、他に始終業基準に関し、同年三月三一日現在原告らと被告間の労働契約の内容となつていた本件労働協約中の始終業に関する部分と異なる労働契約が成立した旨の主張、立証はないから、これと同内容の本件始終業基準は、原告らとの関係で何ら不利益変更とならないものであり、就業規則の変更に関する原告らの同意の有無に拘らず、原告らとの関係では有効なものと解するのが相当である。

3  ところで、本件労働協約は昭和四八年三月三一日の経過をもつて失効したが、その後の同年五月三一日まで、被告長崎造船所においてはタイムレコーダーの打刻による勤怠把握が行なわれ、本件勤怠把握方法は同年六月一日から施行されているので、一見すると本件勤怠把握方法の導入が労働条件の不利益変更と見れないわけではない。しかしながら、本件労働協約中の勤怠把握方法に関する部分は、前記のとおり、「新しい勤怠把握方法の導入に関し、事業所の実情に応じ可能なところから実施することとし、事業所と分会で協議する。当面タイムレコーダーを存続する場合も、始業時には更衣をすませて体操を開始すべく待機していること、終業時には作業場にいることを基本的考え方として、始業時は更衣後打刻、終業時は更衣前打刻を基準とする。そのため必要があればタイムレコーダーの移設などを行う。」旨定めている。右文言によれば、本件労働協約施行後のタイムレコーダーによる勤怠把握は、新しい勤怠把握方法が導入されるまでの経過措置として存在しているものに過ぎず、その意味、内容は従前のものとは異なつているから、タイムレコーダーの存続により本件労働協約中の勤怠把握方法に関する部分の効力に影響を及ぼすものではないものと解するのが相当である。

而して、<証拠>によれば、三菱支部と被告との間では、「協議する。」とは、協議の結果相手方の同意を得なくても、一方が実施できることを意味する用語である事実が認められ、右認定に反する証拠はないところ、本件労働協約中の勤怠把握方法に関しては三菱支部と被告との間で協議が行なわれたことは原告らの自認するところであり、他に、勤怠把握方法に関し、同年三月三一日現在原告らと被告間の労働契約の内容となつていた本件労働協約中の勤怠把握方法に関する部分と異なる労働契約が成立した旨の主張、立証はないから、同日現在、原告らと被告間においては近い将来に新しい勤怠把握方法が導入されることが予定されていたものと言うべく、本件勤怠把握方法はその予定されていた新しい勤怠把握方法そのものであるから、原告らとの関係で何ら不利益変更とならないものであり、就業規則の変更に関する原告らの同意の有無に拘らず、原告らとの関係では有効なものと解するのが相当である。

三原告らは、本件始終業基準は労基法三二条、三四条に違反する旨主張するので以下判断する。

1  労基法三二条一項は「使用者は、労働者に……一日について八時間……を超えて、労働させてはならない。」と規定しており、その文言に照らせば、同条にいう労働時間とは、労働者において、使用者に対し、現実に労働力を提供している時間をいうものと解するのが相当である(なお、使用者がその提供された労働力を現実に利用するか否かは問題ではなく、この意味でいわゆる手待時間は労働時間に含まれるものと解される。)。また、斯く解することが、労働者がその労働力を提供し、使用者がその対価として賃金を支払うという労働契約の性質に添うものと考える。もつとも、厳密には現実の労働力の提供に該らない行為につき、使用者が自らの意思で、あるいは労使間の合意で労働力の提供と看做し、あるいはこれを労働時間内に行なうように定めること自体は強行法規に反しない限り自由であるから、この場合の労働時間は右定めに従うことになることとなる。

而して、作業服などへの更衣は、労働に相応して態勢を整えるという点で労働力の提供の準備行為とはいえるが、その更衣なくしては現実に労働力が提供できないものではないから、それ自体は、労働力の現実の提供とは解されない。同様に、作業終了後の更衣、洗顔、洗身、入浴もこれなくしては労働力の現実の提供ができないものではないから、これらをもつて労働力の現実の提供とは解されない。即ち、更衣、洗顔、洗身、入浴を労働時間外に行なうように定めたとしても、そのこと自体からは、同条に違反しないものと解するのが相当である。

2 ところで、原告らは、「労働安全衛生規則一一条、五三九条、四三五条、五五八条、一一一条、五二〇条、五六三条、一〇五条、五九七条に基づき、安全心得を作成して、被告は原告らに対し作業服などの着装及び作業終了後控所の所定場所での整理整頓を明示的に義務付けている(この事実は被告において明らかに争わないところである。)から、作業服などの更衣は労働時間に算入されなければならない。また、被告は同規則二一六条に基づき、原告らのための入浴施設の設置を義務付けられ、これを設置している(この事実は被告において明らかに争わないところである。)から、社会通念上相当と認められる必要入浴時間は、労働時間に算入しなければならない。」旨主張している。

そこで、この様に義務付けられた作業服の着衣などの着脱の時間を労使いずれの負担とすべきかについて考えるに、被告が作業服の着装を原告らに対し義務付けているのは、労働安全衛生法、労働安全衛生規則などの法令により、罰則の裏付けの下に被告が義務付けられている結果であり、被告の自由意思に基づくものではなく、また、作業服の着装はもつぱら原告ら労働者の安全のために義務付けられているものであり、そのことにより被告は直接的な利益を得ていないことに照らせば、作業服などの着装は原則として労働者の自由時間内において行なうべきものであり、使用者の負担の下、労働時間内に行なうべきことは被告の意思に反して強制できないものと解するのが相当である。さらに、作業服などの整理整頓の義務付けは、自らが義務付けられている原告ら労働者の作業服の着装を確実にするための手段に過ぎないものと解されるから、前同様、被告の意思に反して労働時間内に行なわせることを強制することはできないものと解するのが相当である。

さらに、前同様の理由の他に、被告において法令上入浴施設を設置することが義務付けられてはいるものの、被告は原告ら労働者に対し、入浴を義務付けていないことを併せ考慮すれば、被告の意思に反して入浴時間を労働時間内に設けることを強制できないものと解するのが相当である。

3  また、本件始終業基準によれば、午前の終業は、所定の終業時間(午後雰時)に実作業を中止し、その後食堂、休憩所へ向かう。午後の始業前に、午後の始業に間に合うように遊戯などをやめて作業場に到着する。午後の始業は、所定の始業時刻(午後一時)に作業場において実作業を開始する旨規定されている。ところで、作業場と休憩所、食堂とは必らずしも近接していないため、休憩所、食堂などで休憩、食事をしようとする場合にはその往復に要する時間だけ一時間の休憩時間が削減される結果になつている(この事実は被告において明らかに争わないところである。)が、本件全証拠によるも、右一時間の休憩時間中、被告において原告ら労働者に対し、特定の休憩所、食堂でのみ休憩時間を過ごすことを強制するなどその自由利用を妨げている事実は認められないから、本件始終業基準は労基法三四条に違反しない。

四本件賃金カットは、本件始終業基準及び本件勤怠把握方法に基づいて計算された不就労時間に相応するものであることは当事者間に争いがない。

五以上のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小宮山茂樹 裁判長裁判官渕上 勤及び裁判官加藤就一は転補のため署名押印できない。裁判官小宮山茂樹)

請求金額一覧表<省略>

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